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伊勢神宮正式参拝

樋口 洋平 / 2021.11.10

「スーツで来れば正式参拝ができます」

じゃあ別にしなくてもいいか。それが、この文言を見たときの感想でした。間違いだったと言わざるをえません。


11月10日、スタッフ6名で、伊勢神宮へ正式参拝に行ってきました。冒頭に書いたとおり「スーツで」です。大学3年生の僕にとって、スーツは強制の象徴。すごく気乗りしたと言ったら嘘になります。せっかく着たのだから、それなりのものを見せてもらわないと割に合わない。そう思いながら僕は車に乗り、そして眠りにつきました。

乗る前は乗りたくない、降りるときは降りたくない、そう思うのがドライブの常です。ぼうっとする頭で社務所へ赴き、名前を書き、何か証明書のようなものをもらって、いよいよ参拝、本番がやってきました。普段は入れない、垣根の内側に入ります。
我々は横一列に並びました。僕は一番左の端です。神主さまに促され、僕たちは歩き始めます。左端が先頭になると知っていたら、僕はそんな場所に立たなかったでしょう。じゃらじゃらと、白い石の上を歩いていきます。挙動不審になっていないか、内心気が気じゃありません。鳥居のちょうど正面で、神主さまは立ち止まりました。僕も慌てて足を止めます。大きくはない、小ぶりの白い鳥居。年季がありますが、それは古さではありません。時の流れに左右されない普遍性。見た瞬間、一気に背筋が伸びました。
神主さんの合図で、僕たちはまず礼をします。間合いを見計らいながら手を叩きますが、やっぱりばらばらになってしまいます。一瞬目をつむり、最後にもう一度、礼をします。
二礼二拍手一礼。そこには確かに、ひとりひとりの思いがありました。
 

それほど長い時間ではありませんでした。というか、かなり短かったと思います。百メートルも歩かないまま、お参りをして帰ってきただけ。それなのに、気持ちが浄化されたような感覚があります。僕はてっきり、これがこの日のメインイベントだと思っていました。あとは、境内にある他のお宮やお社に参拝して帰るのだと。でも、まだ終わりではなかったのです。僕たちは「御神楽」を見せていただきました。奉納したお米のおかげです。スタッフの一人が、佐渡島で育てたお米30kg。彼はそれを、一度も地面に置くことなく、社務所まで送り届けました。手を清めるときも、お宮に立ち寄ったときも、ずっと担いだまま、体から離すことなく、歩き続けました。そのおかげです。

僕たちは神楽殿の中に通されました。広すぎず、狭すぎない、居心地のいいサイズと言えば伝わるでしょうか(場所の説明をするのが苦手です。お許しください。多分、大富豪の家にある室内プール二つ分くらいの広さです)正座して開始のときを待ちます。歩き通しで疲れた足に正座は効きます。雅楽奏者の方々が現れ、演奏が始まりました。最初は一つだった音が少しずつ厚みを増していき、その音に合わせて、巫女さまの舞が展開されます。誤解を恐れずに言えば、それは一つの作品でした。ですがそれは、人間に向けられたものではなく、神様に向けられた作品です。歩みが、ただ足を一歩前に出すことが、ひとつの世界を作ります。どうすればあんなふうに歩けるようになるのか。まったく、頭の位置が変わりません。腕が広げられ、手が掲げられる。笛の音が響き、それが少しずつ太くなっていく。巫女さまの白い装束が揺れ、足の痺れを感じながらも、目はずっと、舞台の上の出来事を追いかけています。舞台の袖から、青い光が漏れていました。あそこから巫女さま、雅楽奏者の方々は、出てこられたのです。あの場所は本当に人間の住む世界だったのか。そう思ってしまうほど、あの舞台の上で行われていたことは、現実離れしていました。


内宮でのお参りを終えてから、休憩で赤福に寄ったこと、帰りの車の中でイントロゲームをしたこと、どれもいい思い出です。エル・シャンに来てから、これまでしたことのなかったような経験を、たくさんさせていただいております。それは、ムラキさん、スタッフの皆さんのおかげであり、そして、弊社の商品を購入してくださる皆さまのおかげです。いつも、僕の至らない手紙を容認してくださってありがとうございます。そしてこれからも、どうかよろしくお願いいたします。

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